恋歌はエア 中編

虐待は物心ついた頃からです。

とにかく毎日でした。理由はなんでもいい。と言うか無くてもいい。右を向けば「左を見てない」。じゃあと左を見れば「右はどうした?」 ストレス解消に顔がゆがむまで殴られてましたね。

周りに大人はいましたが、誰もこの暴力の矛先が自分にいくのが嫌で無視してました。

兄弟もいましたが、こっちはもっと悪い。自分達が殴られないために、積極的に恋歌のあら捜しをしてチクってましたから―-楽しんでね。

毎日監視され、学校でのミスとか家での失敗があると「言いつけてやる~」と脅迫して小遣いやモノを取り、それでも結局チクる。あの時の兄弟の意地悪な、そして下衆な笑顔は忘れられません。

 

小学校の時には家族全員を殺したかったです。

「それはいきすぎだろう」と思われた方。あなたは幸せです。恋歌よりはるかに家族に恵まれたのでしょう。家庭内暴力で被害者が子供という事は、その子には逃げ場も対抗する術もないのですよ。

 

今では家族の内、恋歌だけは他県に住んでます。親兄弟とは年一回会うかどうかですが、その時は笑顔を作ってから会いますね。家を出てから生まれた甥や姪とは良好な関係です。

縁を切りたくはあるのですが、社会人になるまで生活費や学費を出してくれた恩は確かにありますので。

 

それと何故ここまでひどい事が出来たかという質問に親が応えたのは

「自分も幼い頃に養子に出され、養家でひどい目に合った。さらに養家が没落し、貧乏になった事で世間にも辛くされた。だから子供が生まれた時、この子だけは自分のもので何をしても良いと思った」

でした。

何度思い出してもはらわたが煮えくり返る言い訳です。

しかし、これが負の連鎖だとしたら、ここで恋歌まで暴れてはなりません。犬に嚙まれたからと言って何かに噛みつくのは犬と同レベル。だからこそ恋歌は理性的にならざるを得ないのです。ならぬ辛抱をしてでも。

 

そういう経験をしているからこそ、『近親愛』を知った時には新鮮な感動でした。「家族でも愛し合えるんだ~」と。そして今に至ります。

恋歌の作品が甘々でハッピーエンドばかりな理由がきっとこれでしょう。

 

ちょっと重くなってきました。続きはいつもの調子で参ります。  五世

 

 

2017年01月13日